2026年4月4日土曜日

人権劇団田隈塾 福岡市人権尊重推進協議会研修会にて公演

 

早良野の歴史と未来を照らす三つの玉

椿水路物語 制作への思い

劇団田隈塾総監督

マザー・アース人権啓発研究所主宰 山口裕之

 今回の劇は今年の夏「田隈人権まつり」として28年の歴史をもつ劇団田隈塾のために書き下ろしたものです。ここで大切に取り扱っておりますのは史実をベースとして民衆の視点から脚色を加えた、早良野レベルでの生産と労働の営みと地域の結束の足跡です。

 そして平成元年に田隈校区人権尊重推進協議会が発足するまでの人権文化高揚のあゆみとともに、私たち一人ひとりが地域の歴史を創る主人公であり民主的主権者であるということを綯い交ぜて脚本を展開させました。

 


 私は青年教員の頃田隈小学校に赴任しました。宅地化は進んでいましたが田畑が一定の割合で残っており、農村地域として歴史が展開していたことが受けとめられました。先輩から「教職は靴べらしの営みだ」と学んでいた私は放課後足しげく家庭訪問や地域の聞き取りを続けました。

 校区を縦断して流れる「川みたいなもの」と思っていたものが、古老の話から近世に人の手で掘られた今も機能している水路であることを知りました。その後、福岡市内外の利水・治水の地域文献や先達の研究と重ねて椿水路の輪郭が見えてきました。

  

      椿水路物語あらすじ

 今回の研修会で劇団田隈塾が公演をさせていただくにあたり、いただいた時間の関係上、以下のあらすじのゴシック体の部分を回想形式にて構成しております。

 

  プロローグ 

“太古の昔、龍が住んでいた。龍はこの早良野の大地の中に、未来の住人に

向けて3つの玉を託した。この早良野に大きな変革が必要になった時に

この玉はひとつずつ地中より現れ、人々の心を照らすという伝説が残った。”

舞台は現代田隈のとある水路の橋の上。二人の子どもが食べていた駄菓子の袋を川に捨てようとする。それを見た古老がよびかけ、子どもたちにこの水路についての話を始める。

   - 第一幕 -

  第一場 

享保の時代、たびたびおとずれる干害や大水、イナゴ大発生による被害で、この早良野の人々は飢饉発生の危険にさらされていた。中でも田隈周辺は地形が周囲より高く、土の質が砂まじりだったため、水の確保が困難だった。雨の少ない年には川の上流と下流で水争いも起こった。

  第二場 

この頃、地中より光る玉①が舞い上がり、田隈の人々を照らした。

田隈の農民は話し合いを重ね、同じ悩みを持つ早良野の村々によびかけて共同で灌漑用水路掘ることを決めた。

  第三場  

測量と検討の結果、水は高所から低所に流れる法則を利用して参加する村々を潤すコースで室見川水系の椎葉川から南北に水路のコースを決める。

  第四場 

村々は困難を乗り越えて農閑期の秋から春にかけて一冬で水路を取り上げ、その名を椿水路と名づけた。

  第五場 

椿水路のおかげで米の収量は著しく増えた。しかし時折起こる渇水の年には水争いが起きた。村々でさらに話し合いが重ねられ、各地で水を分け合う決まりや、椿水路を保全していくための約束を定めた。

早良野の米の増産の情報を聞きつけた黒田藩の代官は、年貢率を強制的にあげようとしてきた。村の人びとは知恵を集めて非暴力的な方法でこの圧力を跳ね返した。

 明治に入ったが「暴れ川」とよばれていた室見川は数年おきに豪雨や台風により護岸が決壊し、沿岸の村は大きな被害をこうむり続けていた。福岡県に護岸工事の要請をするが、予算等の理由で一向に動こうとしなかった。

 早良野の人々は各地域から治水工事や資材・費用調達の専門家を集めて護岸工事の計画を作り上げ、福岡県を工事の開始へとつき動かした。

   - 第二幕 -

  第一場 

 再び現代の椿水路の橋の上。これまでの話を聞いて、この地域は上手く進んでいったと思った子どもたちに、古老は現代の人権問題の課題が残っていたこと(戦争へ突き進んでいった日本・人権問題解消の課題)を語る。←福岡県の人権11課題について参加者に考えてもらう。

・地域社会や国内外の取り組みによりさまざまな差別が解消に向かってきている

が、インターネットをはじめ新たな人権課題が浮上している。 

・コロナ禍の中で人々の文化活動が一時制限されたが、これからは大切に復活さ

せ、すべての人々の幸福実現のために新たなステージに上っていく時期となった。

 第二場 

 昭和になっても様々な人権問題が残っており、田隈においても当事者や個人の努力だけでなく、組織的な取り組みが必要であった。

 昭和末期になり、田隈校区で地中より光る玉②が舞い上がったことが噂になった。地域の多くの人々の願いや意見が集まり、田隈校区人権尊重推進協議会が設立され、地域住民で手をつなぎ力を合わせて差別撤廃・人権文化向上のみちすじが作られ、さまざまな活動が花開いていった。  

  第三場・エピローグ 

 現代の椿水路の橋の上。古老と子どもたちの話は続く。

  昭和百年を迎えた今年も、地域社会にはまだ解決しなければならない問題や実現していきたい課題がある。

 ステージ足元より光る玉③が舞い上がる。

   子ども「おじいさん、この三つめの玉は私たちになんのミッションをするようにと

伝えているの?」

   古 老「 (参加者一同を指差して)その答えと行動の行先はここに座っていらっしゃる皆さん一人一人の心中に埋まっているはずだ。それを実現していく主人公は、あなた自身なのだから。」




         

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